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2002年5月5日号
今回は旅行記です。
ゴールデンウイークといえば旅行。
今年は長崎から湯布院へ車で行ってきました。
フェリーで大分に行き、高速道で長崎に入りました。
この日はあいにくの天気で長崎に近づくと雨が降ってきました。
雨脚はだんだん激しくなり前の車も十分に見えません。
長崎にやっと着いた時、車の三重衝突事故を目撃しました。
長崎は学生時代からしばらく住んでいた思い出の地。
天然の良港として昔から栄え、江戸時代には出島を通じて西欧の文化が入ってきました。
シーボルト、ポンペが伝えた西洋医学の発祥の地でもあります。
山すそがいきなり海に届く平地の極端に少ない土地であるため、観光地としては夜景が綺麗で魅力的ですが、住むには不便な所です。
雨の上がった次の日、まず平和祈念像を見ました。
この公園は昔の私のデートスポットです。
筋肉隆々とした堂々たる坐像は体育の先生がモデルだそうです。静かに閉じた目は平和を祈っていると言われていますが、このモデルの先生の目は写真を見ると切れ長の眠っているような目をしています。
この小さな小屋は"長崎の鐘"で有名な永井博士の如己堂です。
この小屋から博士は、原爆で侵された体を横たえ平和を訴え続けました。
立派な記念館がそばに建っていました。静かに平和を訴えています。
まじめに講義を聞きに来ていた学生はほとんど原爆の犠牲になりました。
たまたま休んでいた学生は被爆せずにすみ、難を逃れました。
そして有る学生は数10年後、母校の教授となり我々を指導してくれました。
浦上天主堂
大変大きく立派な教会です。
ここの裏の路地を通って大学に通いました。
昔、教会に入ったことは有りませんでした。
今回入ってみると、心が洗われるおもいがしました。

長崎大学医学部
建物はすっかり新しくなっていました。
しかし、門は昔のままです。うれしくなりました。
となりの大学病院のすぐ下には飲食街、ネオン街があり不思議な光景でした。そして今も健在でした。
次にとりあえず観光地にいってみました。

めがね橋
昭和57年7月23日の大豪雨で橋の半分は崩れましたが、今は再建されています。この大雨で299名もの死者がでました。
椅子の座まで水が進入したパチンコ屋で友達は笑いながら、パチンコをしていました。テレビに運悪く映ってしまいました。
グラバー園から望む長崎湾
造船所の活気は日本経済の沈滞と共に今は薄らいだそうです。

大浦天主堂
小さな綺麗な教会。
この日この教会で結婚式が行われていました。
きれいな花嫁さんでした。
思い出ぶかい長崎を後にして、夕方湯布院に入りました。
今回泊まった宿は広大な山を切り開いて建てた宿です。
大露天風呂、竹林風呂、ヒノキ風呂など温泉は充実していました。
食事は山菜を中心にした精進料理風。

寝酒に持ってきてもらった麦焼酎がおいしかった。
無農薬で育てた麦で作った焼酎で香ばしい麦の香りが口に広がり、味わい深い。
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