週刊 談話室  
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2010年1月19日号

「今週の談話」

昨年6月から俳句を作り始めました。私がしているのは「滑稽俳句」です。

花鳥風月を詠む伝統的俳句ではなく、少しおかしさ、面白さのある俳句です。

写生俳句は馴染めませんが、少しふざけた感じのこの俳句なら私に向いていると思い作り始めました。

そもそも、俳句は滑稽俳句から始まったそうですが、今ではそれをしている人はごくわずかです。

伝統俳句正岡子規の唱える写生を重んじています。見たままを素直に表現することが大切にされています。しかし、それでは同じような表現の俳句が多くなって、マンネリ化します。変化をもたらすためには、難しい言葉を並べるようになります。すると難解な俳句が増えていきます。

平易な言葉を使うと月並みになるし、難しい言葉を並べると楽しめなくなります。しだいに人から離れていきます。

私には伝統俳句魅力的なものではありませんでした。

なにか訴えるもの鋭いものハッとさせるもの感じられないからです。

しかし、滑稽俳句を作りだすと、面白くなって次々に作りはじめました。

雨上がりの駐車場にミミズが這っていました。日に照らされて干上がりそうです。ふと頭に浮かびました。

雨上がるミミズ悶えて熱中症

かき氷を食べていると鳥肌が立ちます。少しおかしさ、色っぽさを出して、

もち肌を鳥肌にするかき氷

真四角な氷は回転され削られてだんだん薄くなっていきます。一部は溶けて水滴が落ちています。直感的に浮かんだのは、

立方体を平板にするかき氷

お酒のつまみに茹でたとうもろこしを食べていると、くっきり歯型が残っていました。この発見を詠みました。

スイートコーン歯型を入れて食べにけり

小さい頃、家で作っていた丸いナスをひねりながら収穫したときの様子を思い出して、

豊満の尻をひねってなすを採る

などが初期の作品です。

写生俳句は「起承転結」の文章表現でいえば、「転」がない「起承結」です。

滑稽俳句は「承」がなくて「転」を重視する「起転結」を基本としているように、私には見えます。

俳句575の中に季語を入れます。更に、楽しい少しひねりを利かしたものを作ろうとすると、生みの苦しみを味わいます。

しかし作品ができたときは、何物にも変えがたい喜び、満足感が得られます。

これからも滑稽俳句を作っていきます。

*

夕日鹿島の見える丘から撮りました。

この先では瀬戸大橋を望むことができます。

橋に夕日が懸かっている様子を俳句にしました。

春の瀬戸夕日懸かりて橋垂るる

鹿島夕日


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