週刊 談話室  
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2015年6月26日号

「今週の談話」

扁桃炎、扁桃周囲炎、扁桃周囲膿瘍反復する人の扁桃にレーザーを照射する治療を行っています。

毎月扁桃炎を生じていた人が一回の治療で完治しました。

これを皮切りとして、たくさんの方を治療してきました。

東京から治療に来られたIさんはご自分のホームページ

「EXCELLENT NOISE な日常徒然」 http://excellentnoise.blog.fc2.com/

に扁桃周囲膿瘍の治療の顛末を興味深い文章で書かれています。

ずいぶん前(10年ほど前です)のことでしたが、その後この方の記事を読んだと言って問い合わせを少しずつもらっています。

Iさんの許可をいただきましたので、長文ですがこの記事を転載させていただきます。

「扁桃周囲膿瘍の闘病記〜東京のIさんの体験談」

※扁桃周囲膿瘍の良い治療法が出てきますので、最後までお読み下さい。


2006年の3月、39度の熱が続いた。

我慢強い性格が災いして、39度以上の熱が続こうが、会社の中では平気な顔をして仕事を続けた。

途中、内科に行った。

今の内科は雑である。

熱が有ると言う事だけで、触診もなにもせず、熱覚ましと抗生剤を出し続けていた。

そんな熱覚ましと抗生剤では熱が下がるべくもなく、熱が出たまま知らぬ顔を続けて仕事をし続けた。

身体の節々の痛みが限界になり、別の内科に行った。

免疫が落ちているんだろうと、点滴をされた。

気持ち、楽にはなった。

だが、熱は下がらない。

毎日毎日点滴をした。

だが、熱は下がらない。

そうこうしていると、喉の腫れがどんどん酷くなり、最後には口が開かなくなっていった。

いや、腫れているなんてレベルではない。

喉の扁桃腺が目一杯膨らんで、口の中の通り口を殆ど塞いでしまっている。

ご飯が食べれなくなった。

しんどいからでは無い。

物理的に喉を通らないのだ。

ご飯が食べれない。

私は風邪をひいたり熱が有る時は、体力の回復の為に無理にでもご飯を食べる。

だが、口が開かなくて、口の通り道まで腫れた扁桃腺が塞いでいるのだ。

物理的に食べればいのだ。

口を限界まで空けても、指の1本も入らない。

ゼリージュースしか入らない。

固形物では、素麺を刻んで喉に流し込んだ。

うどんを刻んでも喉を通らない。

ご飯やうどんの刻んだものでは、喉で詰まって窒息しそうになる。

腫れが更にどんどん酷くなってきた。

口を大きく開く事が出来ない。

開こうとすると、喉にとんでもない激痛が走る。

点滴をいくらしようと治らないので、内科に行くのを止めて耳鼻科に行った。

耳鼻科で診られた瞬間に言われた。

「よくもこんなに我慢できたな。

有りえない程の我慢をしただろ。

診療所では治療できない。

紹介書を書く。

市民病院や大学病院で外科治療をして貰わないと治らない。」

私はその足で市民病院に行った。

「今すぐ切開して入院してもらいます。」

えっ!?

私は、注射すらも大の苦手なんですが・・・・。

医者は言った。

「ここまで酷いのは、扁桃炎ではありません。

扁桃炎の酷いものを『扁桃周囲炎』と言います。

これは、更に酷い『扁桃周囲膿瘍』と言います。

切開をして膿を掻き出さないと治りません。

膿を出し切ると治ります。」

いきなり、外科治療に入る事となった。

にも関わらず、一般診療と同じ診察台に座らされた。

医者は、麻酔注射を手にした。

私はビビった。

「すみません、麻酔すると言う事は、相当痛い治療になるのでしょうか?」

医者は答えた。

「私は嘘をつくのは嫌いなので、正直に言います。この治療は痛いです。」

私は質問した。

「麻酔するから痛くないのではないのですか?」

医者は答える。

「いえ、膿んでいる所に麻酔をしても効果は全くないので、痛いです。」

それおかしくないか?

私は疑問のまま訊いた。

「では、何故麻酔をするのですか?」

医者は意味不明な事を言う。

「気休めです。

医者みんなが効かないのを分かっていて、麻酔をしています。」

何てことだ。何ていい加減なんだ。

効果がないのに麻酔をするのか。

これはとんでもない治療に違いない。

訊ける限りの質問をしないと気持ちが落ち着かない。

「先生、痛いのは分かりましたが、この治療を受けた方は、みんな痛みで泣いたりします?」

医者は淡々と答える。

「はい、みんな漏れなく泣きます。」

「えっ!?みんな泣くと言う事は相当痛いのですね。泣くだけですか?」

医者は、またも淡々と答える。

「酷い人は(意識が)落ちました。」

「えっ!?そんなに酷いのですか?でも、今までで余程酷い1人くらいですよね?」

医者はより残酷に答える。

「いえ、数人は落ちています。

何てことだ。扁桃腺の治療がこんなに怖いものとは思いもよらなかった。

だが、私は治療の為の椅子に座らされている。

逃げようがない。

拷問外科手術の時間だ。。。。


外科手術の時間だ。

医者は、私のあかない口を強引に拡げ、まずは麻酔注射を口の中に入れて来た。

チクッ!

喉に少し痛みを覚えた。

だが、予想より全然痛くない。

次に、メスを口の中に入れて来た。

パンパンに腫れに腫れた扁桃腺を縦に切った。

キーーー!(痛っ)

少し痛みが走る。

だが、これも大したことはない。

その次には、鉗子(かんし)でその切り目を目一杯に拡げた。

痛みが走り出した。

いや、激痛だ。

顔をしかめて、次の器具を見ていると、鼻炎等の時に、鼻水を吸い出したり、喉のタンを吸い出す吸引器を喉に入れ込んできた。

医者は、私に「アーーー」と声を出す様に言う。

素直に「アーーーー」と声を出した。

そして、鉗子(かんし)で開かれた扁桃腺に吸引器がねじ込まれて来た。

医者は、足もとで吸引操作をしながら、吸引器を強く開かれた扁桃腺に強く強くねじ込んでくる。

シュアーーーー!!

吸っている!

吸っている!

痛い!!

痛い!!!

痛いなんてもんじゃない!!

激痛と言う表現が正しい!!

1秒、2秒…、いや、どんどん経過していく。

「アーーーー!!」

「アーーーーーーー!!!!!!」

「ガーーーーー!!!!!!!!!」

奥の膿を取り除くために、医者は吸引器を更に奥までねじ込んでくる。

「ガーーーーー!!!!!!!!!」

「ダーーーー!!!!!!!!!!!」

「ギャーーー!!!!!!!!!!!」

恐らく十秒後、治療は終えた。

意識がもうろうとしていて、身体に力が入らない。

私は涙と鼻水を垂らしながらも、ぐったりとした。

真っ白な灰になったかの様だ。

その時の私にぴったりと当てはまる模写がある。

「あしたのジョー」の最終回。

本当にその状態になってしまった。

看護婦さんに、

「凄いですね。

他の人よりよほど騒がなかったですよ。

我慢強いですね。」

何を言っているんだ、この看護婦さんは。

私は十分に辛い呻き声をあげた。

だが、それでもこんなマシな人はいないと言う。

他の人はどんな状態なのだ。

それでは戦時中の拷問ではないか。

全身麻酔にすべき治療ではないのか?

いや、全身麻酔でも起きてしまう程の激痛の治療だ。

その日から、私は入院生活を送る事となった。。。


入院生活に入った。

点滴を常にし続けた。

その時の私は、ダイエットが要らないほどに痩せきっていた。

手術の翌日、病院のベッドで横たえながら誕生日を迎え、そしてWBCで日本が優勝してイチローがトロフィーを抱えているのをテレビで力無く見た。

夜になり消灯すると、看護婦さん数人が順繰りに暇つぶしに来る。

こちらが昼間寝ていないのを知っていて、くだらない身の上相談話を持ってくる。

入院生活は初めてだったが、人から聞いていたのは本当だった。

看護婦さんは暇つぶしに話に来るのだ。

他の病院はいざ知らず、少なくとも私が入院した病院はそうだった。

健康な時は、入院中に看護婦さんと仲良くなる妄想をしたりする。

だが、実際に自分がその立場になると、身体が疲弊しているのでとても面倒だ。

しかも、こちらは喉の切開の為に声がまともに出ないので相槌を打つだけでしんどいのだ。

3日目からは夜に足音が近づいてくると寝たふりをする癖がついた。

入院中、会社の人が見舞いに来てくれた。

激やせした姿に、こんなに酷かったのかと驚いていた。

扁桃炎程度だと、ここまで酷くなるとは思われていない様だ。

会社のアシスタントの女の子2人も夜にお見舞いに来てくれた。

面会時間を過ぎていたので病室へ入るのは禁止されている。

その為、ナースステーション前のロビーで面会した。

お見舞いに絵を描いてきてくれていた。

私が回復した状態の絵であった。

絵を見て少し気になった事も有った。

私の髪が巻き髪になっていた事とパンタロンを履いていた事だ。

だが、とても嬉しいお見舞いで元気を出す励みになった。

その時、看護婦さんが「面会時間をかなり越えているのでこの辺で。」

と女の子2人を帰る様に促してきた。

私はその看護婦さんに思った。

「自分たちは、毎晩夜中に暇つぶしの為に病室に来るのに…。」

1週間が経過した。

腫れは引いた。

医者に退院をお願いしたら、迷ってはいたが了解してくれた。

私は仕事が心配だったんだ。

2日ほど、自宅療養でゆっくりとし、そして職場復帰をした。

だが、2日もすると、また喉は腫れてきた。

そして熱も38度を直ぐに超えた。

外科手術をすると劇的に治ると言われていた、その喉が直ぐに腫れてきた。

病院に行き点滴をした。

その日はマシになる。

だが、翌日にはまた腫れた。

熱も38度を超えた。

翌々日には39度を超えた。

点滴をしてマシになるが、直ぐに腫れる繰り返しだ。

医者は言った。

「膿んでいる間は通常は摘出はしないのですが、これは無理をしてでも摘出するしかないと思う。」

つい2週間前に切開すれば治ると言っていた医者が、今度は摘出しかない、と言う。

私は怖がった。

注射も怖ければ、摘出なんて以(もっ)ての外。

私は、39度の熱で悪寒に震えながらも、インターネットで他の治療法を調べ続けた。

摘出以外の良い方法を。

見つけた!


インターネットで見つけた。

摘出以外に唯一見つけた方法だ。

それは、扁桃腺の表面をレーザーであぶると書いてある。

鼻炎の治療に鼻の中の粘膜をレーザーで焦がすのと同様で、これを喉にすると菌が不活性化し喉は腫れなくなる、と。

だが、関東からは遠く離れた愛媛の町医者だ。

関東でこんな治療をしている所はない。

私は、行きつけの歯医者がレーザーで歯の治療をしている事を思い出し、その歯医者に行き喉を同様に焦がして欲しいとお願いした。

その歯医者は、「してあげたい気持ちはとても強いが、レーザーで歯以外を治療した事がない。近場でとても親切な耳鼻科をしっているから紹介する」と耳鼻科を教えてくれた。

私は直ぐにその耳鼻科に行った。

その耳鼻科も摘出しか道は無い、と言った。

レーザーの治療には興味があるが、やった事が無いからあまりやりたくは無い、と言った。

私は愛媛の耳鼻科にメールをした。

治療方法を教えてもらうためだ。

ワット数、レーザーのあて方を教えてもらい、嫌がる関東の耳鼻科にその治療を施す様にお願いした。

保証が出来ない事に同意をして、そのレーザー治療をして貰った。

酷くなったとしても、最悪の摘出は変わらないのだから。

治療後、2〜3日経過した。

だが、一向に熱は39度以下に下がらない。。。

何故だ。

言われたとおりに治療をしてもらったのに治らない。

喉の腫れもそのままに39度以上の熱が続き、切開入院の退院後、既に3週間を経過している。

体力も持たない。

私は意を決した。

愛媛に行こう。。。


愛媛に行こう。

関東の耳鼻科にレーザー治療を聞くままに行って貰ったが治らない。

元祖の医者にしか知りえない何かがあるのだと思った私は、愛媛に治療に行く気持ちを固めた。

今考えても我慢強かった。

38度5分以上の熱が3週間続いていたにもかかわらず、出社して知らぬ顔をして仕事を続け、広島への出張まで行なったのだ。

その広島への出張の帰りに、愛媛に行く事にした。

広島出張の帰り、岡山駅で新幹線を降りた。

そして、瀬戸内海線に乗り換えようとしたが、不運だった。

究極の雨男である私自身を恨んだ。

台風の様な大雨で風も強く、瀬戸大橋を渡る電車が通行止めになっていた。

瀬戸大橋を渡る通船がある。

だが、出航するかどうか分からないと言う。

しかも、揺れに揺れるのは間違いない。

乗り物酔いが酷い私が、そんな荒波に、しかも39度以上の熱がある状態で乗れる訳がない。

だが、幸いにして瀬戸大橋の車道は通行止めになっていなかった。

時間がない。

私はタクシー乗り場に急ぎ、タクシーで瀬戸大橋を渡る事にした。

タクシーに乗ったが、瀬戸大橋の上はやはり凄い風だ。

タクシーでも怖いほどだ。

渡りながら運転手が言って来た。

「瀬戸大橋をタクシーで渡るときは、帰りの通行料に帰りの料金も払って貰ってますので、倍の料金です。」

「乗る前に言えよ。」

そう思いながらも、これしか選択肢は無いのだから、幾らかかろうが乗っていた事には間違いはない。

四国に着き、今治駅でタクシーからJRの予讃線に乗り換えた。

行き先は「伊予北条駅」だ。

喉がづきづきと疼く。

心臓の鼓動と合わせる様にズキズキと痛む。

瀬戸内海を車窓から見ながら伊予北条駅に向かった。

30分ほど荒れに荒れた灰色の瀬戸内海を見ながら、「冷えピタ」で喉を冷やしていた。

到着した。

思っていた以上に小さな駅だ。

歩いて耳鼻科に行った。

ログハウス風で綺麗な建物だ。

中にも待っている患者が多数いる。

良い医者かもしれない。

待ち患者が多いと言う事は、地元でも悪くは受け取られていない証拠だ。

20分ほど待った。

私が呼ばれた。

白髪交じりで、おしゃれなグレイの髪になっている。

喋り方、動き方等が少々ロボット風で、特徴のある先生だ。

メールで治療方法を聞いていた事を、その先生は覚えてくれていた。

先生は、早速 喉を診てくれた。

関東の医者のレーザー治療は正しいが、中にうっ血して溜まっている血を抜いていないので治らないのだ、と言った。

先生は、小さな針を持ちだして、私の扁桃腺に軽く刺した。

口の中に鉄の錆の様な、血の味が拡がった。

うがいをした後、先生はせっかく関東から来たんだからと、再度レーザー治療をしようとレーザーを持ち出した。

今まではレーザーをする時には麻酔をしていた。

だが、この先生は痛くないからと麻酔すらもしない。

喉にレーザー光が当てられた。

パチパチと音が鳴っている。

痛くない。

焦げた臭いが口の中から拡がってくる。

だが、全く痛くない。

直ぐに治療は終了した。

「何か有ったらまた来て下さい。」と言われて、耳鼻科を後にした。

夜は、再び電車に乗り30分ほどの松山駅に行き、その日は松山に泊まった。

翌朝、驚いた。

身体が軽い。

2か月前の熱が出る前の身体の軽さだ。

間違いなく熱が下がっている。

レーザー治療が功を奏したのだ。

2006年春以降、あまりにも激務の時に少し腫れて熱が出た事はある。

だが、一回だけだ。

家で療養したら治った。

それ以前の様に、1年に3回腫れて高熱が出るなんて事は無くなった。

不安であれば、3〜4年に予防として、レーザーを当てて貰えば良い様に思う。

この治療は学会では発表されてもいない。

だが、噂を聞いた全日空のパイロット等が治療によく来ると言う。

他の人に効くのかは約束はしない。

しかし、少なくとも私はこの先生の治療で助かった。

喉の不安が無くなったんだ。

先生への感謝をこめて、この耳鼻科のリンクを貼っておく。


「くが耳鼻咽喉科」

http://www.kuga.or.jp/book/new/02_10_2.html

(治療概要)

http://www.kuga.or.jp/column/back_number/2006/4_12.html

(私の事を書いている。この段階では治ってはいなかったが、まぁご愛嬌としよう。)

http://www.kuga.or.jp/index2.html

(耳鼻科の場所等はここを参照。)

あなたの周りの喉をよく腫らす人に紹介し、この治療で救われる事を私は望んでいる。。。

※はくちょんさんの扁桃炎が改善することを、心から祈ってます。

(注・はくちょんさんはこのホームページの読者の方です)



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