週刊 談話室  
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2016年10月19日号

「今週の談話」

「死ぬまでに一度は行くべき」というキャッチフレーズに負けて人気の伊勢参りに行ってきました。江戸時代には「男は一生に一度はお伊勢参り」と言われたそうですが今はそこまでは聞きません。大阪から近鉄電車で行きましたが、偶然にも大変ゴージャスな「しまかぜ号」に乗ることができました。最近はこのような高級電車が流行っていますが、この電車はその中でも特別に豪華にできていました。
http://www.kintetsu.co.jp/senden/shimakaze/

この電車に乗っているだけわくわくしてきて、旅行が楽しくなってきます。

観光案内を読むと、伊勢神宮は太陽を神格化した天照大御神を祀る皇大神宮と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮があり、天照大御神が祀られている皇大神宮を一般的には“内宮”(ないくう)、豊受大神宮は“外宮”(げくう)と言われています。

外宮をまわってから内宮を参拝するのが昔からの習わしとされていています。参拝前に手水舎お清めを行い、鳥居をくぐるまえに一礼することが礼儀とされています。また外宮では左側通行、内宮では右側通行、真ん中は開けておくのがしきたりだそうですが、誰も守っていません。参道の中央は「正中」といわれ、神様が通る道とされていますが、ざわざわと人が歩いています。

古くから「日本人の心のふるさと」として親しまれてきた伊勢神宮は広大な森林に囲まれていて、澄んだ空気に心が洗われます。

しかし、敷地が広大なため、疲れ果てるほど歩かなくてはなりません。

この森を歩いていて不思議に思ったことは、どこに行っても「神」に出会うことがありません。伊勢神宮はパワースポットとしても有名になっているそうですが、ご神木に凭れても、パワーストーンに手をかざしてもパワーは受けません。なぜなのでしょうか。

お寺は豪華絢爛な建物、魅力的な仏像があり、どこを歩いても心が浄化されます。しかし、神社は「神」をひたすら隠しています。本当は「神」はいないかのように。「神」とは空気のような存在で、意識しない限り「神」を感じることはできないようです

伊勢神宮

参拝後はそれが目的であったかのように、お伊勢さんの門前町「おはらい町」「おかげ横丁」に行き、流されるように歩きます。川沿いの石畳にレトロなお店が軒を連ね、昔懐かしい町並みを楽しめます。だれもが寄るのが赤福です。赤福を買って川沿いに出て、風を感じながら頬張ると疲れが取れます。

翌日は鳥羽水族館英虞湾クルーズを楽しみ、その後電車で移動して娘家族の住んでいる彦根に行きました。

赤福・英虞湾クルーズ

鳥羽水族館

彦根では、彦根城に行きゆるきゃらの「ひこにゃん」に会いました。本当にゆるいキャラクターでからだをくねくねするだけで、ダンスをするわけでもなく、子供とスキンシップもしません。司会者が「これ以上は楽しいことはしません」と、まるで帰れと言わんばかりのいい加減さです。

今回も孫と遊んで、癒されて帰ってきました。

孫・彦根城

伊勢参りおかげ横丁秋の蝉



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