2004年6月7日・14日合併号
「今週の談話」
書きたくないけど、どうしても書かなくてはならない悲惨な事件でした。「佐世保 小6同級生殺害事件」は私達に衝撃を与え、誰もが考えさせられました。
奥さんを乳癌で亡くし、奥さんの形見として育てていた娘の壮絶な死を思うとき、想像しがたい悲しみに襲われます。日本の片隅にこんな事件があっていいものかと暗い気持ちに包まれます。
事件の内容が徐々に明かされました。学習ルーム、カッターナイフ、頚動脈、大量出血、冷血な15分間の死亡確認、変形するまで踏みつけられた顔。ホームページ、ミニバスケ、小人数学級、荒れたクラス、仲良し、憎しみそしてバトルロワイアル、呪い、魔術。
人間は思春期に子供から大人に脱皮していきます。正邪、善悪、社会の暗黙ルールなどが判断できるようになって大人になります。子供の時期はこれらの判断ができません。心に正邪・善悪を判断するフィルターができ上がっていないため大量の情報が入ってくると、大混乱をおこし、簡単に悪をも正として受け入れてしまいます。
この事件について様々な意見があります。私は、次の様に考えました。
小5で学級が荒れていたため、人間不信、自己嫌悪に陥り、簡単にバトルロワイアルの殺人ゲームが心の奥底に入ってしまいました。ミニバスケをやめたことが、外にエネルギーを放出できず、心の内に悪のエネルギーを蓄積してゆきました。この子の心には、誰かを殺せと言う悪魔の囁きが届いていました。そこにささいではありますが、ホームページ上の許しがたいいさかいが発生しました。そしてゲームの実行に向かったのです。
悪魔の呪術がなければ、こんな残忍な行動は不可能です。学級崩壊で心が荒み、バトルロワイアルで擬似殺人経験をし、悪魔の囁きで後押しをされたと考えられます。
荒れた教室は子供の心を鬼にします。私も小学5年生の頃に荒れ返った教室を経験しました。一人のワルの転校生が静かな教室を荒らしまくり、担任教諭がコントロールできず、ついに彼の子供に対する悲惨な体罰で幕が降りました。
そのときは、私を含め何人もがいじめに会い、心に深い傷を負いました。
子供が子供を殺し会うドラマは作っていいものでしょうか。こんなドラマで自己表現をする作者、製作する映画人、これを許す社会、なんかおかしくはないでしょうか。これを芸術と言っていいのでしょうか。大人は芸術と理解できても、子供は殺人ゲームへの招待と思いこむかもしれません。変わった趣向の本を出し、映画を作れば、注目は集めるでしょう。しかし、どんなにバリアーを設けても子供の目に触れることを避けることはできません。さびしくなります。これだけはしてはならないと言う暗黙のルールはどこに行ったのでしょうか。
病原菌がからだに入ってくると、これを排除しようと免疫力が働きます。免疫力の弱い子供は色々な病気に罹ります。心にも免疫力があります。判断力が弱くなんでも受け入れる子供は、心の免疫力が弱く誘惑に負け、最悪の場合は悪魔が乗り移ってきます。子供の心は、私達が思っている以上に無防備なのです。
私はからだの免疫力を高める仕事をしています。社会は皆で子供の免疫力を高める努力をしなくてはなりません。これが子供を育て明るい社会をつくる我々の責任です。
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白い花が次々に咲いては散っていきます。ヒメシャラよりは大きい花です。その名はナツツバキ。別名シャラノキ。釈迦の入滅に際して白く色を変えた沙羅樹と間違われてシャラノキと呼ばれているそうです。梅雨時に咲く椿という意味で梅雨椿とも呼ばれる。雨に打たれハラハラと落ちる花弁に風情を感じます。
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