2005年4月4日号
「今週の談話」
ライブドアの堀江貴文氏の言動に対しての賛否両論が報じられています。
ソフトバンク・インベストメントの北尾吉孝氏の発言が私には一番的を得ているように思います。
「彼の姿勢はいつも、法律に触れていない、裁判で勝ったと言って経営権の取得にしか関心を示さない。倫理的な価値観をわきまえ、相手を思いやる気持ちが欠けている。放送業は企業文化が長い間に作られている、その企業の社員全員が来て欲しくないと言っているのに買収してもうまく行くわけがない」
堀江氏の発想は、パソコンゲームそのものです。相手の感情を度外して、法律に触れなければ何をしていい、勝てばいいという発想です。
パソコンゲームで育った世代はこのような感覚の人が増えていくのでしょう。異常な事件が続発していますが、人と人の情けを介して育っていない今からの世の中は、これ以上に不可解なできごとがおきていきます。
医学の世界でも同じです。臨床実績をあげるために医療技術の評価ばかりが高まり、評価の不可能な情けやぬくもりは切り捨てられています。
医学雑誌に載っていたある医師の言葉が私の胸に響きました。
「診療に用いられる言葉はメッセージであってはいけません。思いがこもっていなければいけません。思いのない言葉は人の心を打つ重みがありません」
「患者さんに安心できる最適な治療を提供することが重要であることは当然ですが、心を癒す言葉をかけてあげることも心理的治癒を高めることになり、治療の両輪であろうと思います。医学・医療が進歩するにつれて、後者が疎んじられているように思えて仕方ありません」
またある患者さんの言葉も引用されています。
「医師には病気を治すほか、診察にきた人がどうすれば楽になれるか、安心できるかに心を割く姿勢を求めたい。医療を必要とする人が病院で生き続けるのではなく、地域で生きていけるようなサポートをしてくれる存在になってほしい」
私たちは外来で接する患者さんに対して、なるべくぬくもりのある言葉をかけたいと思っていますが、実際はそんなにコミュニケーションがうまく行っているように思いません。
医療技術を磨きながら、やさしい言葉とぬくもりのある態度で接することは、実際はむつかしいのです。
「野に花、山に鳥」
春になり、野山は一斉に花が咲き始め、新緑が芽を育んでいます。
私の庭ではまだ椿が次々と花を咲かせています。
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