週刊 談話室  
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2012年1月26日号

「今週の談話」

愛媛CATVで新しい俳句番組八木健さんの司会で開始することになりました。
八木健さんは長い間、NHK俳句王国の司会を務め、その後精力的に俳句の啓蒙にまい進されています。
大変才能豊かな方で、様々な分野で活躍されています。
私たちは1年以上前から八木さんを囲んで8人の仲間で句会(主宰は八木健さん、司会進行は私)を行っていますが、ここでは初心者もベテランもいて、八木さんの鋭い批評をいただくことでいい勉強をさせてもらっています。

今回の愛媛CATV句会では、刺激的で飽きない番組にしたいという八木さんの希望があり、「褒め合わない、言いたいことを素直に言う」ことに気を付けるよう特に念を押されました。新しい俳句討論番組のスタートです。放映は1月29日正午からで、再放送は繰り返し約1カ月間放送されます。

集められたメンバーは7名。愛媛俳句界のベテラン女性俳人2名に中堅の俳人2名(男性1、女性1)と私。一般募集から2名(男性1、女性大学生1)。
あらかじめ提出した俳句(各自1句)8句の中から、自分の好きな俳句を選び講評し、それについて批判しあいました。( )の中の数字は選ばれた点数です。

  1. 朝もやついてのひじかわおろしかな
  2. 相聞(そうもん)の霧笛にあらむ去年今年(1)
  3. それぞれの花に日数や雪降るる(1)
  4. 着膨れし影地を這ひて壁に立つ(1)
  5. 日向ぼこ地球のとある一隅に(1)
  6. 「いぼ治れ」と書かれし絵馬や初詣(1)
  7. 湯たんぽは温故知新の具体例(1)
  8. 待春の日差し塗(まぶ)してジャングルジム(2)

@の句は、「ひじかわおろし」ではなく「ひじかわあらし」ではないかと指摘される。美しい句なのに残念でした。私は何も発言できませんでした。

A「相聞」は愛の言葉で、「霧笛」は秋の季語で、「去年今年」は年末年始の季語と私には分からない俳句。本人の解説では「神戸港で停泊している船が一斉に年末に霧笛を鳴らす風景を詠んだ」とか。「霧笛」が響き合うのを「相聞」とするには言い過ぎか?「神戸港霧笛響かせ去年今年」のほうがすっきりする。
そう言いたかったが発言しませんでした。

B「降るる」文法的におかしい、と指摘される。「日数」の意味がつかみがたいとも言われる。私は「それぞれの花」の「日数」をながめ、あれこれ考えることは無理がありぼんやりした表現になっている、瞬間を切り取った詠みかたの方が俳句的ではと発言した。

C八木さんが採りました。絶賛されました。誰も発言しそうになかったので、あえて私が発言しました。「着膨れし影」はあいまいな表現です。人は着膨れていても影だけをみると、光りの角度によっては細くなったり膨れたりするし、影をみて「着膨れ」とは分からないのでは? 俳句は哲学的で幽玄的で私の好きな句なのですが。

D「とある一隅」があいまいな、分かりにくい表現だと指摘される。私は「地球」大袈裟にしたのがこの句をこけさせた、もっと具体的に、日の当たるところはどこでもいいのだから、「宇宙船」とか「月の上」とか「エベレストの頂上」とかにするともっと生き生きするのではと発言した。すると八木さんが「私の句です」とおっしゃいました。

E当然、私の句です。面白いことを詠むのも俳句の一つの方法と褒めてくれる人がいました。「と」は気になる、「と」は要らないのでは?「の」にすれば?の指摘を受ける。これはかなり悩んだのですね。「の」では絵馬が鋭く浮かんでこないし、「と」を取ると寸足らずになります。ここは敢えて散文調にしたほうが面白いと思い、「と」をつけることにしたのです。

Fこれは私が採りました。「温故知新」「具体例」とおよそ俳句には使わない単語を使って挑戦している点に好感がもてました。当然その点を他の人たちから批評されました。乾いた俳句も私は好きです

Gこれはでき過ぎの句でした。「日差し」が「塗(まぶ)して」という俳句的表現にジャングルジムをもってきた大胆さは完璧です。しかし、これを批判するのが私の遊びごころです。「塗(と)して」と読めば、ジャングルジムが日の光りに塗られ変色していく風景が詠まれて、おしゃれではありませんか?「塗(まぶ)して」では平凡すぎません?と発言しました。まさか「塗(と)して」と詠まれることを想像していなかった八木さんも作者も少しあわてていました。

これで収録は終わりました。結構、活発な意見が出て良かったです。
俳句だしにした、お笑い教養番組を八木さんは目指されていますので、私が茶々を入れながら発言したのはそれなりにフォローになったかなと思います。
それなりに楽しい番組として定着してほしいと思いました。



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