「耳が変です。自分の声が大きく響いているようなんです」
 若い女性が、不安気に来院しました。
 鼓膜を見ると貯留液も陥没もなく、聴力検査も正常範囲です。耳管に通気すると、十分すぎるほど風が通 っています。
 耳管開放症です。耳管機能検査で確認できました。鼻と耳を結び、主に気圧を調整する働きのある耳管が、開いたまま閉まらなくなっているようです。玄関を開けたままでいると、風の音や外の人の声がどんどん入ってきて騒々しいように、つばを飲んだ時しか開かない耳管が、開いたままになっているのです。自分の呼吸する音も、自分の声も異様に大きく鼓膜に反響してしまい、不快感を生じます。
 この逆の現象が、耳管狭窄症や滲出性中耳炎です。この時は、通気療法や薬で治療します。
 耳管開放症は、脳の血管の病気やパーキンソン病などの神経性の病気で生じることもありますが、耳管のまわりの組織に血液が流れにくくなって、症状が生じるのが主のようです。治療はいろいろな方法が試みられていますが、的確なものはないようです。
 先日、ある新聞に、この病気に漢方薬を用いて好成績をあげているという記事が載っていました。 「ニンジンやショウガなど14種類を配合した血行を促進する漢方薬」と紹介されていましたが、これは貧血などの治療に用いる加味帰脾湯です。
 さっそく加味帰脾湯を使ってみました。使用して1週間もすると症状は改善しました。その後何人にも使ってみましたが、治るまでの期間に差はありますが、ほとんどの方が治りました。
 漢方薬は、このように、一般的な治療では治りにくい時に、試しに用いてみると、うまく治っていくということが時々みられます。証がうまく合えば、全身的なバランスが良くなり、局所症状も改善していくのだろうと思っています。
しかし、うまく証が合わなければ、同じ病気に同じ薬を出しても効かないこともあります。これが漢方薬のおもしろい面 であり、また、むつかしい面でもあるのです。

(1994年7月)


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