「時々耳が痛くなるのですが」
と、3年前、50歳の女性が来院されました。鼓膜を診ると、鼓膜の上の方(上鼓室)に、白く汚れた塊があり、まわりがじくじくしています。この塊をていねいに取り除くと、小さい袋状の穴が見えてきました。表面の一部は真珠貝の内面のように輝きをもっています。これはいわゆる真珠腫性中耳炎です。どんどん進行すると脳や顔面神経にも障害を起こすため、頭痛、めまい、顔面神経麻痺、骨髄炎などの症状が出てきます。そのため、いずれ手術を必要とします。真珠腫というと、きれいな真珠を思い浮かべますが、丸い真珠に出合うことはまずまれです。たいていは汚い耳垢の塊で発見されます。真珠は2枚貝の内に核を入れて球状の真珠を作るのですが、中耳炎は、1枚貝(鼓膜)の上に乗っているため、きれいな球状を作ることはまずありません。それでも真珠腫というのが不思議です。
 真珠腫ができる原因は、まだはっきりとはわかっていません。耳管の機能が悪かったり、滲出性中耳炎などで中耳腔の陰圧状態が続くと、鼓膜の一部が中耳の方に引き込まれて袋を作り、その中にケラチン(死んだ上皮細胞)がたまり、真珠腫になると教科書に書かれています。
 このご婦人の真珠腫の塊を取ったあとの鼓膜の表面には、よく見ると小さい肉の塊(肉芽)があります。そして、そこから耳漏が出ているのです。真珠腫性中耳炎の原因物質を見た思いがしました。ていねいにこの肉芽を取り、残った肉芽は薬液で除去しました。1回では治らないため、何度も同じ処置を行い、約2週間でやっと肉芽を取り去りました。その後も定期的に肉芽を作らないよう処置を行っています。今は、真珠腫も発生せず、手術を勧める必要もなく、良好な状態を保っています。
 病原菌が鼓膜にくっつくと、病原菌に対して手が伸びるように血管が伸び、血液中のマクロファージが病原菌を食べていきます。病原菌が強いと、血液を逆に栄養として育っていき肉芽が作られます。周囲の組織をこわしながらゆっくり大きく成長したものが真珠腫です。真珠腫がへばりついた鼓膜やまわりの組織は、真珠腫からの破壊から身を守るため、殻を厚くしていきます。これが真珠貝の内面のような輝きを作っているのです。
 早い段階でこの病的肉芽を除去できれば、真珠腫の進行を止めることができます。定期的な耳の処置、治療が何よりも大切です。


(2000年3月)


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