「鼻血が出て止まらない患者さんがいます。いますぐ行ってもらいますから、よろしく」
 内科の先生からの電話です。数分後、真赤な血で染めたタオルを鼻で押さえて中年の女性がやってきました。鼻の中を診ると、入口のあたりの血管からどくどくと血が吹き出ています。右側からの出血は反対側に回って、左側にも血糊状態で鼻の中を充たしています。まず右側のべっとりした血糊を吸引して取り出そうとしますが、量が多く時間がかかります。出血は続いています。やっとの思いで血糊を取ったあと、出血しているところに止血用のガーゼをつめ、血を止めようとしますが、止まりません。このガーゼには麻酔液も入っていますので、5分以上もすれば麻酔効果は出てきます。ふつうは血が出るのを止めたあと、電気凝固をするのですが、このように血管が破れて噴出している時は血が止まるのを待てません。高等テクニックとして、出ている血液を吸引しながら出血点の周囲を凝固してゆきます。10分ほど格闘してやっと血は止まりました。血を止めたあと鼻の中を両方とも十分にきれいにし、他に出血していないのを確認して処置を終えました。
 「終わりましたヨ」
 私も、患者さんも、その家族も思わず笑顔が出てきます。鼻出血は耳鼻科医にとっては当たり前の病気ですが、患者さんはびっくり仰天のできごとです。
 鼻血は、90%以上が鼻の入口から出ています。ここはキーゼルバッハ部といわれ、止めるのは簡単です。しかし、残りの10%は鼻の後の方から出ます。ここを止めるは大変です。電気凝固は無理ですから、止血剤入りのガーゼや綿を圧迫して止めます。止血法はベロックタンポンによるもの、バルーンによるものなどがありますが、我々はまず使いません。
 鼻血が出たら応急的にどうすればよいのでしょうか。出血点は前の方がほとんどですので、急がず慌てずティッシュペーパーを丸めてしっかり鼻の入口につめて下さい。奥に入れる必要はありません。止まりにくいと鼻の先をしっかり指でつまんで下さい。これでほとんどの場合10分もすれば止まります。鼻出血で来る人は鼻の中に何もつめないか、つめたり押さえたりするのが鼻の奥だったりします。これでは止まりません。
 鼻出血が何かの病気が原因で起きているのではないかと心配される人も多いのですが、まず特別な病気とは関係がありません。鼻をかんだりさわったりするのは鼻の入口の方ですから、当然入口の方が刺激を受けやすく、かつ破れやすいのでしょう。鼻血が出たらまず鼻の入口をつめる、これが鉄則です。慌てないこと。これで止まらないと耳鼻科で止めてもらいましょう。

(2000年2月)


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