春風が診察室の窓から心地よく吹いている朝、可愛い顔をした18歳くらいの女性が、ちょっと悲し気な表情をして入ってきました。
 「耳がワーンとするのです。昨日から」

彼女の傍に、ハンサムな青年が深刻な顔をして立っています。
 「ウーン、これはケンカをしてたたいて、耳に手を当てたナ。きっと鼓膜が破れているゾ」
と心の中でつぶやきながら耳を診ると、やはり比較的大きい穴が開き、少し出血していました。
 「いやー、すっかりキズ物になっていますヨ、一生治らないかも知れませんヨ」
とおどかすと、彼の顔色がサーッと変わり、彼女が顔をこわばらせました。
 「しかし、安心して下さい。私は名人ですからすぐ治してあげます」
鼓膜の穴を和紙で覆い、穴をふさぎながら、
 「聞こえますか」
 「はい、治りました」「ありがとうございました」
青年は、ちょっと涙目になった彼女の肩を抱きかかえるようにして出てゆきました。

(1993年8月)



 鼓膜は0.5 〜0.9ミリ の厚さで、ちょっとした力が当たるだけですぐに破れます。耳かきによる裂傷はよくみられます。外耳道圧の急激な変化(平手打ち、潜水、飛行機の急激な上昇や下降など)でも鼓膜は簡単に破れます。けんかをするときは、耳を避けて叩いて下さい。また、耳かきは、子供のいない所で注意しながら行って下さい。
 鼓膜は破れても普通は徐々に閉じますが、閉じにくいこともありますので、破れた所を薬で処理したあと、紙などで覆っておきます。2〜3カ月もすればほとんどの場合閉鎖します。


Q.鼓膜の破れを紙で覆っておく、この紙とはどんな紙ですか
A.いわゆる書道用の「半紙」です。応急用として用います。


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