昨年の11月に、遠方よりMさんが来院されました。大きい身体を屈め、柔和な笑顔で「耳鳴りが治り切らないのですが何とか治りませんか」と言われます。昨年初めに突然耳が聞こえにくくなり、耳鳴りも生じました。いわゆる突発性難聴です。近くの病院で3カ月、公的病院で3カ月治療を受けました。聴力はやや改善しましたが、頑固な「セミ1000匹ほど」の耳鳴りは残っています。治療に用いたステロイド剤の副作用も出てきました。ここで副作用軽減の目的もあって漢方薬の小柴胡湯が用いられました。すると、激しかった耳鳴りもかなり良くなり、聴力もさらに改善し、全身の副作用と思われる症状も良くなってきました。漢方薬でこんなに良くなるものかと本人は大変感激し、今一つすっきりしない症状を漢方で治したいと決心しました。早速、漢方で有名な医院を受診しました。この医院は、伝統的な漢方治療を行っています。ここで処方された八味地黄丸半夏潟心湯を2カ月服用しましたが、症状は十分には改善しなかったそうです。そこで本屋で漢方の本を買い、その本で紹介されている私の医院に来院したとのことです。
 Mさんは、身体も頑丈そうで八味丸が合いそうな気がしませんでしたが、よく診ると、腰痛、下半身の冷えがあり、漢方的診断では腎虚であり八味丸が合います。しかし、念のためさらに別の方法で診断しました。すると、小柴胡湯の変法の柴苓湯八味地黄丸の変法の牛車腎気丸が合いそうだということがわかりました。「とりあえず、柴苓湯と牛車腎気丸を2週間飲んでみて下さい」と、この処方を行う一方、耳鳴り、腰痛に対して経穴療法を行いました。
 2週間後、Mさんは来院されました。名前を呼ばれるとうれしそうに笑顔で入って来られました。「治っている」そう直感しました。「耳鳴りも聞こえも、腰の痛みも冷えも全部薬を飲んで1週間すれば治りました」と大変うれしそうに語ってくれました。お酒を飲んだ時に耳鳴りはするそうですが、それもセミ1匹だそうです。
 Mさんは大変よく治りましたが、皆が皆、同じ処方、同じ治療法で治るわけではありません。同じ突発性難聴で回復困難な方は何人もいらっしゃいます。Mさんは「漢方で治る」と本人が信じたことと、漢方薬に合う身体であったと思います。
 一般に、突発性難聴はステロイド剤を含む循環改善療法が有効ですが、これで治りにくい時に他の治療法が組み合わされ、東洋医学療法が有効な時もあります。今後も、治る可能性があるのなら、一般療法に東洋医学的療法を加味させて治療してゆきたいと思っています。

(1996年2月)


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