「おかしい、右耳が聞こえにくい。つまっているような変な圧迫感がある」
 前の日に宴会があり、お酒を飲んで疲れて帰って来て、翌日は早朝八時からのゴルフをしました。私の医院は木曜日の朝が休診で午後2時からの診察です。水曜の夜にお酒を飲んだり、木曜の朝にゴルフをすることができます。この日もそういう1日でした。スタート時には鼻水もなく、特別かぜ気味というわけでもなかったのに、3番ホールに来ると突然右耳がおかしくなったのです。耳の悪い人は多く診ているのに、自分が悪くなるとは思ってもいなかったので大いに慌てました。
 「耳管がつまっただけだろうか」
 「突発性難聴ではないだろうか」
 鼻をつまみ、強く息んでバルサルバ法を行いましたが、変化がありません。耳元で指を鳴らしてみると音は聞こえます。どうも耳管がつまったようです。不快感があり、すっきりしません。誰かに通気治療をしてもらいたいほどです。
 「こんなことなら、昨晩は出かけなければよかった。悪いことはしていないのに、なんでこうなるのだ」
と、後悔が尽きません。そして、耳管がつまって通気療法をしている患者さんの顔が何人も浮かんできます。
 「あの人たちもこんなに不快感があるんだな。大変なんだな」
と、患者さんの気持ちがわかってきました。
 ゴルフも終わり、帰宅してからも症状は変わりません。とりあえず少しののどの異和感があるから葛根湯でも飲んでおこうと考え、すぐに服用しました。午後からの診察がはじまる前に少し昼寝をしました。昼寝から目覚めても症状は好転しません。ますます不安になります。
 午後からの診察がはじまりました。すると、自分の話す声も患者さんの声も2重に3重に響いてきます。まったくイライラして診察になりません。急いで香蘇散を飲みました。しかし状況は変らないままこの日の診察が終わりました。夜はまた、会合があって出かけました。出かける前にもう一服香蘇散を飲みました。
 会合の宴席でも、人の声、音楽が右耳に響いて仕方ありません。
 「おやっ、治ったかナ」
 10時頃になって、急に耳が軽くなっているのに気づきました。香蘇散が効いてきたのかもしれません。やれやれ一安心です。帰ってから寝る前にも念のため一服飲みました。
 早朝6時頃、「ウーン」という音に気づいて目が覚めました。
 「何だ、これは? おかしい」
 右耳が鳴っているのです。低音域の耳鳴りだからいずれ治るだろうと自分に言いきかせながらも、大いにイライラします。耳閉感が取れたあとに耳鳴りが生じてしまいました。急いで起きて香蘇散を飲みました。しかし、昼過ぎても耳は鳴っています。何とかならないものかと、昼休みに自分で循環改善剤を注射。
 注射したあと、トイレに入っていると、ウーンといっていた音が何と少しずつ小さくなっていくではありませんか。そして昼寝のためベッドにもぐり込んだ時には、音は消えていました。
 耳閉感と耳鳴り。貴重な経験でした。耳管通気をすれば良くなったかもしれませんが、自分に自分ではできず、薬に頼って治してみました。耳の悪い人の気持ちが十分にわかり、その不安、苦痛が実感としてつかめました。
 香蘇散は本来はかぜ薬ですが、耳管狭窄や耳鳴りにも応用して効果の高い薬です。今回も、ある程度は効果があったと思います。
 耳鳴り、耳閉感のある人は多く、また、治りにくい。何とか治してあげたいものです。

(1996年11月)

Q.耳の手術をすると耳鳴りが生じると聞いたことがありますが、本当でしょうか?

A.耳鳴りが手術後に生じる頻度は、1〜2割程度といわれています。原因としては、手術後の炎症や、手術中の器械的刺激が内耳に障害を及ぼした場合、麻酔液による反応などが考えられます。


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