「アッ、聞こえます。エッ、本当ですか」
 55歳の男性が半信半疑の面持ちで、うれしそうに立っています。

 「もう3週間程、右耳がつまっています。薬を飲んでいるのですが良くなりません」
と、困ったような表情で来院しました。右耳をみると、鼓膜の裏側(中耳腔)に滲出液が溜まっているのが見られます。
 「滲出性中耳炎です。すぐに聞こえるようにしますのでお待ち下さい」
 「先生、左側の耳は全然聞こえません。鼓膜に穴が開いているのです。もう30年以上になります」
 左耳をみると、鼓膜が内側に陥没し、ほとんど下方の側の骨壁と癒着し、わずかに上の方に隙間があり、ここに滲出液が溜まっています。一見したところ鼓膜に穴が開いているように見えます。鼓膜に穴が開いているといわれてもおかしくない状態です。
 「左耳も多分聞こえるようにできると思いますが、マアやってみましょう」と、言ってから治療を行いました。両耳とも十分に鼓膜に麻酔をかけた後、まず右側を鼓膜切開し、貯留液を吸引しました。切開口に換気用の小さいチューブを挿入して、処置は終了です。次に左耳も同様に切開、吸引を行いましたが、鼓膜と骨壁との癒着が強く、鼓膜は半分程しか浮き上がってきません。一応換気用チューブを挿入しておきました。
 「どうでしょうか。聞こえますか」と、半ば自信なく聞いてみました。
 「アッ、聞こえます。エッ、本当ですか。30年以上も左側は聞こえなかったのに。イヤー、聞こえます。聞こえます。両方とも聞こえます」
 聴力検査では右側は30dBが15dBに、左側は60dBが25dBに改善されていました。私も大変うれしくなりました。
 滲出性中耳炎は、薬で治す方法もありますが、耳に貯留液があれば、耳閉感や耳鳴りが生じます。この不快さから少しでも早く解放させてあげたいと私は思います。「早期排液、早期乾燥」が私のモットーです。これには換気用チューブの挿入が一番です。
 癒着性中耳炎は、よくみないと慢性中耳炎の鼓膜穿孔と間違うことがあり、注意が必要です。これも滲出性中耳炎と同様の処置で聴力の改善が得られることがあります。
聞こえないとあきらめていた耳も、意外と治ることもあるものです。時々は耳鼻科でよく診てもらってはいかがでしょうか。

(1997年3月)


BACK | NEXT