「長い間耳が聞こえにくいのですが治りますか。」
 4歳の男の子を連れて遠方から来院された若いお母さんが心配そうに尋ねています。
 耳を診ると中耳腔(鼓膜の裏側)に滲出液が溜まっています。貯留液があるため鼓膜の振動が内耳まで十分に伝わらず聞こえにくくなっているのです。鼻水を吸引してみると副鼻腔炎に特有の鼻汁が出てきました。
 「恐らく蓄膿症があるため、滲出性中耳炎が治りにくくなっています。耳は、すぐに聞こえるようにしますが、蓄膿症を治さないと耳の方も根治的には治りませんので、2カ月は治療をして下さい」と説明し、レントゲンをとって副鼻腔炎を確認したあと、鼓膜を切開して貯留液を吸い出し、再発防止のため切開創にチューブを入れて治療を終えました。
 「どう 聞こえるようになった?」
 「ウン、よく 聞こえるヨ」
 明るい顔で子供さんが答えてくれました。
 滲出性中耳炎は何とも曖昧な病気なのでしょうか。原因はアデノイド増殖、扁桃肥大、副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎などによることが多いとされています。これらが原因となって自然に滲出液が貯まるといわれています。そして治療はまず薬を用い、治りにくいと鼓膜切開やチューブ挿入術を行うというのが教科書の教える方法です。
 「本当だろうか?」
 週に1〜2回しか患者さんを診察することができない勤務医の頃は素直に教科書を信じていましたが、開業医となって、毎日のように一人の患者さんを診ることができるようになってから、大いに疑問を感じ始めました。
 鼻水が出てくると、最初は異常のみられなかった耳も、4〜5日後に徐々に中耳腔に貯留液が生じてくることがよくあります。これは明らかに急性中耳炎です。また、滲出性中耳炎と診断した人も、よく話を聞くと1、2週間前にかぜをひいていたことが多くみられます。私は、こうしたことから滲出性中耳炎は急性中耳炎そのものだったり、その後遺症だと考えるようになりました。逆に言えば、急性中耳炎には激しい痛みを伴うものと伴わないものがあると考えた方がわかり易いと思います。もっと平たく言うと、人知れずやってきた中耳炎が滲出性中耳炎ともいえます。
 滲出性中耳炎を特集した本を読んでいると、治療法は自然に治ることもあるので薬でしばらく様子をみるべきだと力説しています。しかし、これでよいのでしょうか。耳は非常に敏感な器官です。大人であれば「すぐに治してほしい」と、不快感をストレートに訴えられますので、すぐに楽になるように鼓膜を切開して治しますが、子供はあまり上手に訴えないのでついつい薬でお茶を濁しているというのが実情でしょう。確かにいくらでも時間をかければ徐々に治ることもあります。しかし、耳に水が貯まれば耳がつまったり、耳鳴りがしたりして不快になるはずです。子供といえども、すぐに快適にしてあげるべきです。
 私は、中耳腔に液が溜まっているのを発見するとすぐに治すことにしています。薬だけではすぐには治せません。鼓膜切開かチューブの挿入を行い、早期排液、早期乾燥を心がけています。鼓膜チューブは、市販品には適切なものがないので、自分で作製したものを使っています。簡単に入れられて、約1カ月はもち、十分に小さいもの。これでうまくゆきます。どんな小さな子供にも自由自在に使えます。全身麻酔は必要としません。
 感受性の高い耳には新鮮な乾いた空気が似合います。濁った滲出液は似合いません。

(1997年5月)


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