「耳が急に聞こえにくくなりました」
 10歳の男の子が母親に連れられて来院してきました。耳を診ると鼓膜が大きく破れています。破れた鼓膜の周囲は赤く充血しています。明らかに何かが耳に当たり空気圧により鼓膜が破れたようです。
 「耳に何か当たりましたか」
 「ええ、お父さんにぶたれまして…」
 このような外傷性鼓膜穿孔は時々見かけます。学校の先生にぶたれた生徒、ご主人にたたかれたご婦人、ボールが耳に当たった女子大生、水泳中に友達の足が耳にぶつかった大学生、剣道の竹刀が当たった高校生などいろいろです。
 鼓膜の穴の小さいものは鼓膜に和紙を貼っておけば3〜4週間で自然に閉じますが、大きく開いたものは鼓膜形成術を必要とする場合があります。
 最近本を読んでいると新しく人工皮膚が開発されたと紹介されていました。
 「これは使えるかもしれない…」
 早速この人工皮膚を取り入れ、和紙を貼ってみたものの十分に閉鎖していない人に貼ってみました。すると、1カ月後にはきれいに鼓膜が閉じました。新しい鼓膜再生術(鼓膜穿孔閉鎖術)の誕生です。
 1度成功すると次々と確認したくなります。鼓膜切開のあと穴が閉じにくくなっている人、長い間中等度の鼓膜の穿孔(センコウ)があって聞こえにくい人などに使ってみるとうまく成功しました。ただ穴の大きく開いている鼓膜や慢性中耳炎で耳漏の出やすい鼓膜にはうまくゆきませんでした。
 一般に鼓膜穿孔閉鎖術に使う材料には、和紙、粘着テープ、キチン膜などがありますが、人工皮膚の方が成功率が高いようです。また、この人工皮膚は、水滴などに浸すだけで鼓膜とうまく接着するため、特殊で高価な糊を使わずに済むため経済的です。
 鼓膜形成術は耳の後ろの皮膚を切開して皮膚の下の組織を鼓膜の代わりに用いる方法です。確かに成功率は高いのですが、皮膚切開を必要とします。今回の方法は外来で短時間で処置を行うことができて簡単です。本格的な再生手術に入る前に1度は試してみるべき方法だと思います。
 新しい方法でしたので、耳鼻科の先生方に広く使ってもらおうと、先日の耳鼻科の学会で発表しました。近々耳鼻科の専門誌にも報告しておく予定です。
 昨日も耳にボールが当たり鼓膜の破れた中学生がやって来ました。耳が聞こえず、耳鳴りがすると困っていました。すぐに人工皮膚を用いた鼓膜穿孔閉鎖術を行いました。耳は即座に正常に戻り、うれしそうに帰ってゆきました。あと1カ月もすれば鼓膜も再生し、完全に元に戻ることでしょう。(2週間後に治りました)

(1997年7月)

Q.鼓膜の再生法として、今回はペルナックを用いていますが、貼ったあとこの膜はどうなるのでしょうか。
A.人工皮膜ペルナックには、繊維芽細胞が組み入れられているため、組織再生が早く行われます。鼓膜に開いた穴にペルナックを乗せると、鼓膜の穴の辺縁から組織が再生してきます。再生した鼓膜はまったく正常な組織ですので血管も生えてきます。ペルナックは2層から形成されていて、スポンジの部分は組織に吸収されますが、保護膜はそのまま残りますので、後日除去します。

 
↑鼓膜穿孔
 
鼓膜穿孔閉鎖術



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