春新緑の萌える頃、我が家の庭のヤブツバキの枝の間に小鳥が巣を作りました。小枝やビニールひもで上手に巣作りを始めたのはモズです。黒色の過眼線、尾羽をくるくる回すしぐさ、胸にある小さい鱗模様から巣の主はモズとわかります。数日後巣の中に六個の卵を生んでいました。卵を発見してから二週間ほどして巣の中を見ると、六羽のヒナがかえっていました。親鳥は何度も餌を与えています。
 キッキッ、ギチギチ、早朝からのモズの鳴き声に庭に出てみると、ヒナが巣立ちを始めています。一羽また一羽と巣から飛び立ち、近くの日向ミズキの枝からピンクの花も美しいシモツケの繁みの中に隠れてゆきます。ヒナの近くに寄っていくと親鳥が飛んで来て、心配そうにギチギチと鳴きわめきます。
 巣立ってからもヒナは自由に空を飛べないようで、親鳥がキッキッと鳴いて、飛ぶトレーニングを行っています。モズを観察していると、卵を温めたり、餌を与えたりと、無償の愛が伝わってきます。いつの時代も、どんな動物も一生懸命子育てをしています。
「鼻血が出て、止まりにくいので来てみました」
 と50代の男性が来院しました。顔を見ると、誰かに鼻と目を殴られたような出血斑と鼻骨骨折が見られました。鼻血も出ています。
「いやー、バカ息子に殴られました」
 と、自嘲気味に話してくれました。
「この鼻のゆがみを治すには、手術が必要です。もし希望があれば手術をします。しかし、息子さんに反省をしてもらうためには、このままの方がいいかもしれませんね」
 と、無責任な発言をしました。
 鼻骨に物が当たると当然折れ、鼻の形が変わります。鼻血が出るのは一時的で、鼻が曲がったり、落ち込んだりと美容上の問題が残ります。この方の場合は、鼻のゆがみは少ないため、しばらく様子をみることにしました。
 長い間大切に育てた息子に鼻が曲がるほど殴られた親の気持ちは、おそらく無念でたまらないでしょう。私は、この方の息子さんをモズの巣まで連れて来て、子育ての必死さを見てもらいたいと思いました。
 「モズが枯れ木で」という歌がありました。子育てに失敗したモズを歌ったのでしょうか。

(1999年6月)


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