「先月から味がわからなくなって、食べる物がおいしくないのですが、治るのでしょうか」
と、心配そうに60歳の女性が来院されました。いわゆる「味覚障害」です。時々こうした患者さんが来られます。また、治療をしてもなかなか治りにくい病気の一つです。
「味覚障害」の教科書的な説明では、血液中の亜鉛が不足するためといわれています。舌の表面に無数の「乳頭」という小さい突起があります。この中には、味わう細胞の「味蕾」があります。亜鉛が不足するとこの味蕾の一部が壊れ、味覚が低下するのだそうです。そのため治療としては、亜鉛を多く含む小魚やカキ、海草、緑茶などを摂ったり、薬(硫酸亜鉛)を飲むことが勧められています。味覚障害の約3分の1が亜鉛の摂取不足で、その他は、亜鉛を吸収してしまう薬の副作用によっても生じることもあり、当然原因不明のケースもみられると説明されています。
亜鉛不足?これは本当でしょうか。味覚に異常を訴える人について、私なりに検査をしてみると、血液中の亜鉛が低下している人を見ることは、まれです。
「亜鉛不足がなくとも、亜鉛を補えば、味覚は改善します」
と、教えられてきましたが、この方法で治療してもどうも良くならない。
教科書通りには解決できない病気は、今まででもたくさん見かけてきましたが、今回もその一例なのでしょう。私なりの治療を行ってみました。
味覚に異常を訴える人は、舌の先の方や舌の裏が赤く腫れた感じや舌が渇く感じを持って いる場合が多く見られます。この舌の炎症をとるために漢方生薬の黄連の入った軟膏を塗ります。黄連には清熱作用があるため、症状の改善に役立ちます。飲み薬としては、食欲低下があれば補中益気湯を、疲労感があれば六味丸を使います。補中益気湯は病気や過労で倦怠感、食欲不振がある時に用いる薬です。六味丸は、腰から下の脱力感があったり、尿の出が悪かったりする虚弱傾向のある人に向いた薬です。今までこのような治療を行うとかなりの人の味覚が改善しています。
この60歳の女性にも生薬軟膏を舌に塗り、六味丸を飲んでもらうと、1週間で症状がとれ、食事がおいしくなりました。
「味わいのある人生は、まず味覚から」
舌を大切にして下さい。
(1999年10月)
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