「3週間前からめまいがあり、3日程前から急に耳が聞こえにくくなりました」
 70歳の女性が足どりも覚つかなく入ってきました。右側の頭痛(眼の奥の痛み)と、立って歩けないめまい感が3週間前に生じ、近くの病院で治療を受けたものの症状は改善せず、むしろ少しずつ悪化していったそうです。3日前から急に右耳が聞こえにくくなったため、あわてて当院に来たとのことです。
 簡単に検査をしました。眼球を見ると、右方を注視すると右側に動き、左方を注視すると左側に少し動くようです。これは聴神経腫瘍を疑わせます。聴力は70dBまで低下しています。徐々に悪化するめまいと聴力の高度低下も腫瘍があることを疑わせるに十分です。
 メニエル病であれば、3〜4日続く激しい回転性めまいと耳がつまる感じが主なので何となく違う印象です。突発性難聴は、突然聴力が低下し、時としてめまいを伴う病気ですが、このように難聴が生じる前に長い間めまい感が続くことは考えにくいことです。主にかぜをひいたあとに生じ、かなりの間めまい感の続く病気に前庭神経炎があります。この前庭神経炎には聴力の低下を伴わないことが特徴なのですが、今回はたまたま突発性難聴を合併したと考えてもよいのかもしれません。しかし、少し苦しい、可能性の低い考え方です。
 やはり聴神経腫瘍なのでしょうか。一般に聴神経腫瘍は耳の奥(内耳道)から生じて徐々に大きくなり、それにつれてさまざまな症状が生じてきます。耳鳴り、難聴から始まり、めまい、顔面神経麻痺、頭痛、視力障害などが数年にわたって進行していきます。今回のように急激に、しかもめまいから進展する例は少し考えにくいことです。そして、決定的におかしいのは、来院時に持参した前の病院でとったCTを見せてもらっても腫瘍の形も見えないという点です。
 これは困ったと内心思いました。とにかく、めまいを止める治療をしてみよう、腫瘍でなければ治療で症状は少し軽くなるはずだと考え、とりあえず治療を行いました。
 「どうです、少しは楽ですか?」
 次の日、来院して来た時聞きました。
 「いや、全然だめです。フラフラです」
 と、淋しい返事です。これはいかん、何かおかしいと思い、MRIを撮ってみることにしました。
 翌日、写真が届きました。そこにはくっきりと立派に成長した腫瘍が写っています。大きさは約2cmです。これはおそらく聴神経腫瘍です。この大きさと腫瘍が内耳道より内側にあることから手術をするなら脳外科の範囲と考え、急いで家族に説明し、脳外科に行ってもらいました。
 今回のように急激に進展する聴神経腫瘍はめずらしく、腫瘍が生じている場所が脳の内側(小脳橋角部に近い位置にあるため内側型といわれる)にあったため、このような症状となったようです。
 それにしてもMRIの威力は絶大です。CTでわからなかった腫瘍がはっきりと写るのです。MRIの腫瘍像を見たあとCTを見ると何となくぼんやりとした影はありますが、MRIの像にはかないません。
 めまい、難聴があれば、いつも聴神経腫瘍を頭に浮かべながら見逃さないように気をつけています。今までの検査では確実に診断できなかったものが、MRIの出現で腫瘍の発見を簡単にさせています。そして我々開業医でも自由に利用できる時代になりました。医療機器の進歩は、医療の質の向上に大いに貢献しています。

(1999年12月)

Q.耳の手術で、顔面神経を損傷するおそれがある、といった話がありますが、この神経は手術中にはっきり見えるのでしょうか。
A.顔面神経は、主に顔の表情をつくる働きと、唾液の分泌や舌の味覚に関係する神経です。脳から出て内耳道を通って耳下腺の中を走り、顔面の筋に至ります。一部は途中で分かれて(鼓索神経)、顎下腺、舌下腺、舌に至ります。顔面神経管は病的肉芽や真珠腫などによって骨欠損を生じているところがあるため、手術中は注意が必要です。



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