「最近ハナがつまって困ります。何かいい治療法はありませんか」
ある会合で知り合いの外科医から聞かれました。ずいぶんハナ声がして苦しそうだと、以前から気づいていたのですが、偶然ハナの話になり、なんとなく質問されました。
「ハナ声が強いので、多分蓄膿症で鼻茸(ポリープ)ができていて鼻づまりになっているのでしょう。実際は本格的な手術をした方がよいのですが、鼻づまりだけを取るのなら鼻茸だけをとっても良くなりますよ。1度診させて下さい」と、答えておきました。
後日、鼻の中を診ると確かに巨大なポリープがありました。レントゲンで確認すると右側だけの蓄膿症です。安請け合いをして鼻茸摘出術を試みましたが、これが大きく、硬いポリープでまったく摘出できません。がっちり周囲の粘膜とくっついて動かないのです。悪戦苦闘するうちに時間ばかりが過ぎてゆきます。こういう時に頭をかすめる言葉は「勇気ある撤退」です。一側性の蓄膿症で、この複雑な鼻茸―ひょっとしたら悪性では? と不安になります。
「無理です。私の力を越えています。外来で簡単に手術をするのは不可能です」
敗戦宣言をした後、よく手術をお願いしている病院を紹介することにしました。
それから2カ月後、手術を終えて来院されました。ハナの中を見ると、きれいにポリープは取り除かれ、副鼻腔も大きく開放されて、すっかりきれいになっていました。検査所見も悪性はなく、ひと安心です。
「いやー、きれいに手術していただいています。本当によかったですね」
蓄膿症の手術は、最近は内視鏡を使って鼻の中から行うようになり、一段と進歩しています。複雑な副鼻腔内を内視鏡で拡大し、確認しながら副鼻腔の病的炎症組織を取り除き、開放してゆくのです。手術後は抗炎症剤を服用して正常粘膜の再生を促してゆきます。
まずかぜをひいて鼻炎をおこし、そのまま副鼻腔に細菌性感染を生じ、これが治り切らずに慢性化したものが、慢性副鼻腔炎です。副鼻腔に膿が蓄まることから蓄膿症といわれます。病的粘膜が大きく肥大すると、粘膜のひだを生じて鼻茸(ポリープ)となり、鼻づまりの原因となります。
蓄膿症は以前に比べてずいぶん減ってきています。食生活の変化を唱える人もいますが、
おそらくは小さい頃から抗生物質などできちんと治療をしているお陰だと思います。しかし、難治性の鼻炎・副鼻腔炎は相変わらずあります。
よく小児で、鼻づまりがあり、アレルギー性鼻炎といわれて治療してきたのに治らないと訴えられることがあります。こういう場合は蓄膿症となっていることが多いようです。鼻水が濁り、せきも続くといえば、たいていは蓄膿症です。念のためにレントゲンを撮れば確実です。
蓄膿症の保存的治療は、ほとんど鼻洗浄と薬で行っています。しかし、原理的に言えば膿が副鼻腔に溜まっているのですから、副鼻腔洗浄が一番適切なはずです。副鼻腔には鼻腔と通じる自然口があります。ここを経由して洗浄すれば効果的です。一般にこれに使われる洗浄管は、硬くて、無麻酔では痛みを伴います。軟らかくて細いものであれば、無麻酔で容易に清浄できるはずです。このように工夫された洗浄管(実は、私の考案したもの)を使うと、小さい子供でもほとんど無痛で副鼻腔洗浄が可能となります。治るまで長い時間かかっていた蓄膿症も、今ではほとんど1〜2カ月で治るようになりました。
耳の治療も進歩していますが、鼻の治療も少しずつ進歩してきています。
(1997年11月)
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